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池田満寿夫について

1 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/07 23:35
彼は何を残したのか?
じっくり語ろう。

2 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/07 23:41
19歳で初めて自由美術家協会展に入選。その後、画家・瑛九(えいきゅう)の
すすめで色彩銅版画をはじめ、1957年、第1回東京国際版画ビエンナーレ展に入選。
1960年、同展の国際審査員ヴィル・グローマン博士の強力な推薦によって文部大臣賞を受賞して一躍脚光をあびる。
1962年、第3回東京国際版画ビエンナーレ展で東京都知事賞を受賞。
また1964年、同展の東京国立近代美術館賞を受賞し、国際審査員ウィリアム・S・リーバーマンに
認められて、1965年、同氏の勤めるニューヨーク近代美術館で日本人初の個展を開催。
その間、パリ、サンパウロ、リュブリアナ、クラコウなどの国際版画展で受賞をかさね、
1966年、32歳で棟方志功に次いでヴェネツイア・ビエンナーレ展の
国際版画大賞を受賞、版画家として最高の評価をえる。
翌年、芸術選奨を受賞。内外共に注目され、世界各地での制作、発表の機会が
急増するとともに、ニューヨークと東京にアトリエをかまえ、
版画の他にコラージュ・水彩・フロッタージュなど多彩な制作活動を展開する。
同時に文学への傾倒もすすみ、1977年、小説「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞を受賞。
その年、全版画作品を展示する「池田満寿夫の20年全版画展」を開催、話題をにぎわす。
このころから芸術活動は多方面にわたり、スーパースターぶりを発揮していくなかで、
1983年、突如、作陶をはじめ、陶芸の伝統に挑戦、大型のモニュメンタルな陶彫をてがけ、
作者自身によれば、「日本回帰」がはじまる。
パブリックな場での仕事も目立つようになる。
国立国会図書館のタピストリー・コラージュ、佐久市立近代美術館ロビーの陶壁、
狭山市庁舎の陶壁などはその代表作。
その他、全国各地の野外彫刻も年をおって増え、また、極彩色の西陣織打ち掛けによる
レリーフ・コラージュの大作「天女乱舞」は池田満寿夫美術館のシンボルになるとともに、
池田満寿夫芸術の精華との評価されている。
1996年に開催された各地でのいくつかの回顧展、音楽を主題にした新作展などに加えて、
1998年に開催の長野オリンピック記念アリーナ「エムウェーブ」正面に
モニュメンタルな彫刻を設置し、また池田満寿夫美術館の開館にむけて最新作陶彫
タブローを制作するなど、旺盛な活動のさなか、1997年3月8日、63歳で急逝した。

3 :ベンゼン中尉 ◆fjTeojqQ :02/03/08 00:15
池田満寿夫の評価はまだこれからではないのではないであろうか。
彼の多作についての芸術性は60年代後半から70年代前半までであった。
例の、小説エーゲ海に捧ぐ以降の彼自身は、矢張りダリのそれと同じで、金の為に作品を作っていたと言う印象が強い。
無論評価にしても晩年の版画類は評価の対象外とされているのが現実である。

4 :かおりん祭り ◆IidAAeuI :02/03/08 00:21
新スレおめでとうビーム (ノ`∀´)ノ ⌒ ●‥‥━━━━━ドカーン


5 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/08 11:50
天才でしょうね。
評価はこれからもっと高まる。

6 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/08 11:56
陶芸作品にもオッって思わせるものがあるね。

7 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/08 15:56
嫁さんがブス

8 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/08 16:55
池田満寿夫氏の初期の作品を、精神の渇きが生み出した表現主義的な直情の空間と
見るならば、中期のメゾチントの作品は、静謐さの中に、瀧口修造や西脇順三郎の
詩的ヴィジョンやエスプリに迫ろうとした、平面の機能が織りなす豊饒の空間といえるであろう。
様々な視覚情報が「引用」という方法論によって詩的イメージに変容され、象徴性を帯びた
官能の色を呈し、ひいては銅版画史における一つの「極」にさえ達していると思っている。
色彩のからくり、そして様式美と洗練との稀な一致が、そこには今も息づいている。
今もなお、この時期の池田氏の作品に対する強い評価だけは揺るがない。

9 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/09 17:48
異色だが才能は認めます。

10 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/09 17:50
>>8
http://www.google.com/search?q=cache:BRwmB40Cy1kC:www.tamabi.ac.jp/alt/alumni/2000-3/20000311.htm+%92r%93c%96%9E%8E%F5%95v%8E%81%82%CC%8F%89%8A%FA%82%CC%8D%EC%95i%82%F0&hl=ja

11 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/09 18:24
初期 マスオ の 描いていた 幻の春画も でていましたか?

12 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/09 18:24
私の勤めていた美術館の顧問でした(-人-)

13 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/10 01:18
>>8
中期のメゾチントを高く評価されているようですが
けっして悪い作品とはいいませんが、ほかに替えがたいほどの
作品とはとても言えない。極論すれば無くても全く問題なし、です。

14 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/10 02:32
>>6

陶芸はゴミだよ。才能のある人が才能だけで作ったゴミ。

15 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/12 00:59
池田は初期だけか。

16 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/12 01:22
中期もいいよ。

17 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/12 01:26
後期もいい。

18 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/29 17:56
初期の落書きと
中期の空が出てくるあたり、重厚なメゾチントあたりはスゴイとオモ田。

19 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/29 20:18
「聖なる手」あたりが頂点だったと思う。

焼き物・タペストリーに至ってはただの惰性。

小説もねえ・・・・・・なんかあの時代の空気に助けられた
だけと思うのはごうまんだらうか?

20 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/30 00:15

池田って、初のドライポイントも後の宗達賛歌あたりも
 どうしても、ホックニィーに、ひっかかるのよね。

21 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/30 01:58
ヤフオクまわってたらすごいのでてた。
知らなかったのでおどろいたーよ
おやじがネコなのにはちびっと受けた、
願望なのか?と言ったら俗なのか・・・・

22 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/30 21:09
坂東英二が仕手グループと付き合いがあり、仕手株で数億儲けた事があるという話をニュー速で読んだ。
大陸から、死の瀬戸際まで追い詰められて生き延びたような人って、尋常じゃないスリルを何度も味わいたいのだろうか。
池田満寿夫さんも、北京から大変な苦労をして引き上げたという。
東京、ニューヨークの生活は尋常じゃないスリルの連続だったのだろうか。

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