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最も優れた美術鑑賞者、魯山人

1 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 20:00
イサムノグチが「最高の美のディレッタント(愛好者)」と呼んだ
北大路魯山人について語り合いましょう。

2 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 20:55
好かん。なんであんな食器が数十万円するか
判らん。

3 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 21:57
ていうか、あんな食器(魯山人の失敗作)だから
数十万円しかしないんでしょう

魯山人とかピカソみたいに多作で
失敗作も大量に残している芸術家の作品は
気をつけてみたほうがいいよ

4 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 22:02
今でも東京美食倶楽部みたいなところってあるのかね。
あるなら逝ってみたい。

5 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 15:01
ないねえ。
「魯山人」とか「美食倶楽部」とか
魯山人にちなんだ名前の料理店はたくさんあるんだけどね(w

6 :ちなみに:02/01/10 15:21
伊勢丹新宿店の星岡茶寮はいちおう魯山人に関係があることになってます
伊勢丹言ったときは昼食はいつもここ
http://www.isetan.co.jp/icm2/jsp/service/eat/hosioka.jsp

7 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 15:46
おもわずワラタ
イサム ノグチのブラック ユウーモア。

そのとうり!だよ!
魯山人は、ほとんどが、コピー!
彼のオリジナリティーなんて ほとんど
なきにひとしい。
「最も優れた鑑賞者(愛好者)」であっても
「最も優れた創作者」ではない。

8 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 16:15
>7
魯山人はオリジナリティーあるよある。
訳の分からん端反りの不細工な志野茶碗作ってみたり、
備前から古い窯をわざわざ移築して、
他には無いような素晴らしい金重陶陽の田土を
もらっておきながら、下手糞なあまり、
詰まらん備前しか出来なかったんで、
金彩や銀彩を施してごまかしたりした。
これが魯山人のオリジナリティー。

9 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 16:19
魯山人の出来のいい茶碗は、全部、豊蔵が作ったもの。
陶印の書き込みだけは魯山人ね。

10 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 17:44
八十年代でその趣味やめたら?

11 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 18:41
魯山人は飯だけ食ってりゃ良かったのに。

12 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 18:49
魯山人の焼物は近所のおじちゃん、おばちゃん達もロクロを挽いて手伝っていたらしい。
魯山人の器だからって大事に持っている物の中には訳の分からん、おばちゃんの作品が
沢山あるはずだよ。
ロクロが下手でまがった作品なんかみて、「さすが魯山人!味がある!このゆがみが良い。」
なんて思ってたら大間違い。ただ単に、おばちゃんのロクロが下手糞だっただけです。

13 :アートクリーナー:02/01/10 19:03
少し、実話をかきましょうか?
魯山人のこと・・・・・・

14 :1:02/01/10 23:33
>>13
是非、お話を聞かせてください。
よろしくお願いします。

15 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 00:01
今のところ、このスレでは魯山人の評価は低いようですね。

>魯山人の出来のいい茶碗は、全部、豊蔵が作ったもの。
本当にそう思いますか?(魯山人の話になると必ず出てくる煽りかもしれんけど)

魯山人作の出来のいいものと、豊蔵作の出来のいいものを比べてみると、
豊蔵の出来のいいものは、柔らかく、女性的なものがほとんどで、
魯山人の出来のいいもののような大胆さや荒々しさはないのです。
この違いは、技術的な面の違いによるところもあるでしょうが、
やはりそれだけでは説明がつきません。
明らかに目指しているところ(芸術性)や、作者の個性が違っているのです。
しかも、その違いは途方もなく大きいのです。

実際の結果からみて、仮に豊蔵や他の職人がロクロひいていたとしても
魯山人は、最終的な手入れをするだけで
まったく違う個性をもった作品に仕上げることが出来た
と判断しないわけにはいきません。

16 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 00:20
ちなみに、イサムノグチは魯山人のことを、
「最も優れた鑑賞者(愛好者)」としてだけではなく、
大変優れた世界的な芸術家であると評価してますよ。
イサムノグチ(魯山人を尊敬していたので、魯山人の家に住んでいた。)
と魯山人の関係のきっかけは、
魯山人の作品をみて感動したイサムノグチが自ら魯山人宅を訪れたのが最初ですから。
>>7

17 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 00:30
>>15
豊蔵をもっと研究して下さいね。
魯山人の元で下働きしていたころと、
独り立ちしたときの目標は全く異なっています。
豊蔵は桃山の志野に感動しそれを最終目標としたわけで、
あの桃山の堂々として、かつ柔らかな風合いを望んだのです。
魯山人のところで作陶していたころは、とにかく力強いものを
作り続けていました。
独り立ちし、しばらくしてからの豊蔵の作風は、
あの独特の丸みを帯びたものとなり、
それまでの物とは異なっています。

18 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 00:39
魯山人は確かに優れた芸術家だったでしょうね。しかし、優れた陶芸家ではありませんでした。
何が優れていたかと言うと、食器に対する発想です。
そこには常に「食」というものがあり、料理を生かす「うつわ」をコーディネートする能力にたけていたのです。
全てが「食」を中心として成り立っていたわけで、料理を盛るための、皿や向付に優れたものが多いです。
しかし、鑑賞陶器や茶道具には観るべきものはありません。陶芸家としての技術は三流です。

19 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 00:43
>>17
とにかく力強いものを作っていたものといっても、
魯山人のところで作胸していたころやその前の
豊蔵の作風と魯山人の作風はやはり違うでしょう。

それなら
逆に、明らかに豊蔵の手を借りてない茶碗や
魯山人が一人で作ったことがはっきりしている、絵や看板の魯山人の作風と
豊蔵が魯山人のところで作胸していたころの魯山人の作風に
共通性があることはどう説明されますか?

20 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 01:03
>19

17さんではありませんが一言。
魯山人のところで造った作品はあくまでも魯山人の作品だよ。
豊蔵の個性が出ていては魯山人の作品にはならんでしょう。
魯山人が求める作品を造るのは、職人として当たり前のことですよ。
どこの陶芸家のお弟子さんでも同じだが、修行時代はその先生の作風で
造るものであり、独立してはじめて自分の作風を打ち出すもの。
陶芸作家は自分自身の作風があるからこそ、認められるわけであり、
その作風の範囲から職人が逸脱することは許されない。

21 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 01:14
>>20
全く同意。

22 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 01:57
私はある美濃焼の30代の陶芸家(駆け出しですが)です。
魯山人については協会の集まりの時や他の陶芸家の仲間とも話すことがよくあります。
大方の評価は、矢張り陶技はへたであるということです。
じゃあなぜあれほど評価されたかといえば、18さんが述べていらっしゃるようなことと、
弟子が大きく成長し実績を上げたからではと、ゆわれています。
また取巻きの人たちも、出世しその影響も大きかったようです。
陶芸界においても魯山人の業績は現在再評価されつつありまして
陶芸家としてではなく総合芸術家としのある意味プロデューサー的才能を
評価すべきとする動きがあります。

23 :アートクリーナー:02/01/11 02:24
>>17さん、夢を壊すようだが、豊蔵は自分でMUDADOUに自分の陶
片を埋めて、自作自演をしたことを知っているのか。しかも、
魯山人が唯一怒らなかった職人は、藤原健だったことを。彼の作った
星岡の仕事は、名品と言われる魯山人の作品だったんだ。特に、
志野の作品<食器>は、ほとんど彼だった。だから、魯山人が、
野村證券、黒田、きゅうべいなどの人に借金を、作品やもろもろで
支払い、そののち、備前に行った理由は、そこにもあるんだ。しかし
魯山人は、どうしても目が利くから、陶陽に何回かあううちに、
遊びがなさ過ぎるといって、怒らせてしまい、備前からも追い出され
たんだ。

24 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 10:32
藤原健が魯山人の所へ居たのは、鎌倉へ2年間だけで、
しかも備前しか手伝っていないと思うが?

25 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 10:40
本人から来たけど、違う

26 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 10:58
>25
どう言う意味ですか?
ちょっと分からないので・・・。

27 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 11:18
東京芸大の竹内順一氏の言葉・・・・・。

魯山人は技術的に未熟である。決して優秀ではない。
茶碗や壷などの立体的造形に優品はほとんどみられない。
しかし、織部の食器には良い物のがある。
それは、魯山人が立体派ではなく平面派であるからである。
彼は自分の技術の未熟さを知り、職人に多くを作らせた。
しかし、織部の板起こしの作品は自分で作ることが多かった。
なぜなら板起こしは、四角の陶盤に足を付けるだけの単純なものであり、
四隅に変化を持たせるだけで形は完成するからである。
板起こしの技法には、特別な技術は必要なかった。
平面派の魯山人は、平らな器に絵を描くことで、その器に命を入れた。
板起こしの平らな面を書画の半紙と同様に見立てたのだ。
これは、書画においてある程度の才能を持った(一流ではないが)彼だからこそ、
為しえたことである。
その証拠に、魯山人の作品を見ていくと、織部はもとより、字や絵の書かれた皿、
俎板盤、陶板、平鉢などに優品が多いことが分かるだろう。
魯山人は陶芸家ではなく絵付け師と言うべきかもしれない。

以上。

28 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 11:32
魯山人ってカリスマ的で大好きです。
でも、作品を冷静にみるとやっぱり他の実力作家とは見劣りします。
悲しいですが正直な感想です。

29 :100%名古屋人:02/01/11 12:12
陶芸のハナシしか出てこないな…。
魯山人作の鉄製行灯がある(正確には魯山人デザイン。制作は金工職人)。
しかし、これは、魯山人が戦前、名古屋の八勝館という料理旅館に長期滞在してたとき、八勝館当主の家に江戸時代から伝わる行灯を借り出し、八勝館には黙って写し物を職人に作らせ、それを「自身の作」として公表したもの。
で、その写し物の写し物を数作らせて売りさばき儲けたわけ。
八勝館の会長から直に聞いたハナシだから事実だろう。
魯山人は政財界・マスコミに信者が多く、「宣伝上手」だから、魯山人が自身の作と言えば、地方の一料理旅館(但し八勝館は名古屋一の高級料亭)が事実を訴えても、そんな声はかき消されてしまう。
12の言う近所のジジババに焼物作らせてたハナシといい、人間的には詐欺師で最低のゲス野郎だな。
しかし、目利きであることだけは確か。ジジババの作った焼物でも、それを全て自身の作としたわけではなく、その中から選び見い出した物だけを自身の作としたわけだろ。そして、オレはそんな「魯山人作品」が大好きです(藁)

30 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 13:12
芸大のあほ教授の言葉を書く奴は、>>27は
豆腐の角に、あたまぶつけてしね?

31 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 13:38
竹内さんは君より全然立派です。

32 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 13:50
>>30
まともな論議が出来ない方は去ってください。
27さんの話しは事実として興味のあるところです。
なるほどと思える部分が多々あります。

33 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 16:49
魯山人で最高級の食器屋さんですよね?

34 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 17:36
カモ肉料理にわさび醤油つけて喰った奇特な人。

35 :ベンゼン中尉:02/01/11 18:09
やはり、芸術関係の人間はピュアな者が多いと思う。
作品に個人の人格が反映されているし、我々はその人間を半分は好きでなかったら、その人の作品にも興味は持たなくなる。

36 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 20:09
>>35
おっしゃる通りです。

37 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 20:26
ていうか、流石に近所のジジババに作らせてた、っていうはいくらなんでも嘘でしょ(笑)
近所の人に掃除等の雑用をしてもらっていたのは事実で、
興味をもった人には、窯を貸して作らせてあげたことはあったかもしれないけれど。
仮にそういう作品が世に出たとしても、高く評価されているとは
とうてい考えられません。
もし、ジジババが作った作品が、魯山人の優品として認められているのなら
そのジジババたちのことも高く評価するのがスジです(笑)

魯山人は、ロクロ職人に関しては、こだわって一流の人を集めたのは
有名な話でしょう。

38 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 20:43
>37
全てではないですが、一部、実際に近所のジジババが作ったりしていたらしいですよ。
近所のジジババの中でも腕のいい人を使ってね。
でも、魯山人が最後にヘラメを入れたり、手を加えたりして調整したり、
ジジババが作ったものでも魯山人が気に入ったものに描き銘を入れて魯山人作としていたとの事です。

39 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 20:44
魯山人に関する文献を沢山読んでみると
魯山人はたしかに宣伝上手だった面もあるようだ。
しかし、逆に、魯山人ほど敵を多く作り
(魯山人のこととなると、魯山人の敵にまわる人が8、9割だったと言われている)
人から恨まれて、あることないこと言われまくった人も他にいないだろう。
魯山人は、最も宣伝が下手な芸術家という面もあったのである。

40 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 21:20
>>39
敵が多いと言うことは、人間性の現れでしょうね。

41 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 21:30
>>40
でしょうね。それなのにここまで作品の評価が高まったのは
奇跡的でしょぅね。

42 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/12 13:11
魯山人てなんで評価高いの?
ただの食いしん坊なオッチャンにしか見えんけど。

43 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/12 15:00

この板さあ。

????? 日動画廊が上げたんじゃないの ?????

44 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/12 16:11
>>42
残念なことに、魯山人は、人気があり、評価も高いに関わらず
魯山人の傑作がまとまって紹介されることは
まったくといっていいくらいないのです。
あえていえば、洋書ですが、シドニーBカゾードの「北大路魯山人」で
だけは優品を揃いです。
魯山人の傑作を沢山みると、魯山人は突出した芸術家、という印象を受けますよ。
魯山人の傑作に直接ふれていた人たち
(荒川豊蔵や小林秀雄など)
の魯山人に対する評価は非常に高いです。

45 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/12 17:57
>>44
と言うか、魯山人には傑作はあまり無いということでしょう。
作品数は結構ありますが取り立てて素晴らしいと言えるものは
それ程多くは無いということです。
との有名作家もコンスタントに良いものを作ることは大変難しく
良い物もあれば悪い物もあります。しかし、平均的に見て、
良い物が多ければ、実力も高いということになります。
どんな作家でも一生の内には何個か秀作というものは生まれるものです。
魯山人のように傑作が少ないということは、それがそのまま
魯山人の実力を表していると見るべきでしょう。
魯山人は大変な見識眼を持った目利きであり、カリスマ的存在でありました。
その目利きである魯山人が言う言葉はある意味、大変な説得力があり、
作品の善し悪しに関わらず、駄作であっても魯山人作という付加価値や
作品そのものにも妙な説得力がありました。
そういうこともあり、財界人を中心に支持者が多く、影響力のある財界人の
後押しもあり、作品の質以上の評価を与えてしまったものと思われます。
現在は彼の作品に対する再評価の時代に入りつつあると思われます。
これまでのような高額では取引されない時代になってくるでしょう。

46 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/12 23:44
>>45
作品の残しかたは、作家によって大きく異なるんだから、
平均的にみて良いものが多ければ実力が高い
なんて見方は視野の狭い見方でしょう
いくら、傑作の割合が非常に低いと言っても、
魯山人は、もともと作品数が最も多い人だし
出来のよくない作品も、人にあげたり、売ったりして
大量に残しているけど
数的には、同時代の作家よりも
多くの傑作を残しているよ。
たしかに、とくに傑作といえない作品が
これまでのような高値で取引されることは
なくなるかもしれないけれどね

それから、魯山人の生前の話を詳しくきいたことがある人なら
財界人の支持者が多かった、というのは嘘ということを
知っているはず
魯山人は、子供のころあまりに酷い環境の中で育ったため
学問をきちんと学んだことがなく
権力者との接点をもちにくく
人と折り合いをつけるのが下手で、常識に欠け、型破り、
傲慢な態度で、他人に対して面と向かって罵倒する癖があって、
しかも、その罵倒は、内容的には的を射ていることが
多かったので、人から恨まれて、悪い噂を大量に流された
特に当時の日本人には、魯山人のような態度は
受け入れられることはなかった
魯山人が亡くなってから何十年もたっている現在でも
魯山人の話になると、魯山人の人格まで批判するような
発言がででくるのは、こういうことが原因の一つになっている
魯山人が生きていた当時、魯山人の話をすると
人間関係が悪化してしまうので、
魯山人の作品を相当に好きだったり
魯山人のことを高く評価している人でも
魯山人の話をしたり、魯山人を支持することは少なかった
実際に魯山人に対する強い支持を表明していたのは
数人しかいなかったし、魯山人は財界人の援助を得られず
貧乏に苦しんだ

魯山人の評価が一気に高まったのは、魯山人が亡くなった後のことだ

47 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/13 00:33
魯山人は財界の人たちに多くの借金をしていたでしょ。
支持を得られなければ借金なんて出来ないですよ。

48 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/13 00:47
うん?魯山人に多額のお金を貸した財界人なんて
わかもとの社長夫人だけですよ。たしか。
身近にいた比較的裕福な人からお金を借りたこともあったらしいけど
そういう人たちはけっして有力な財界人ではないし。

49 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/13 01:24
ちなみに、魯山人の死後十年から二十年くらいまでは
魯山人の作品は過小評価されつづけた。
例えば、白沙正子、この人は、魯山人のことをあまり好きではなく
魯山人の作品を高く評価していたわけでもなかった。
そんな彼女からみても、もうすでに亡くなっていた魯山人の作品に対する過小評価はあまりにも酷く感じられたという。
そのため、魯山人の作品が正当に評価されるように尽力し、雑誌等にもそのための文章をのせた。

50 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/13 01:48
>49
白沙正子→白洲正子?

51 :親切な人:02/01/13 02:07

ヤフーオークションで、幻の人気商品、発見!!!

今は無き「コピーガードキャンセラー」↓
http://page5.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e5292701

ヤフーオークション内では、現在、このオークション
の話題で、持ちきりです。

52 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/13 02:18
>>51
自己宣伝は止めてくれ!

53 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/13 12:15
>>48、前のスレを、呼んでみろ。財界もそうだが、かなり
書のほうでの信用を元に、いろいろ画策したんだ。

54 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/14 16:04
結論は出たようですね。
結局、魯山人は「最高の美のディレッタント(愛好者)」であり、
「最高の美食家(ただの食欲の権化)」であり、「最低の陶芸家」であり、おまけに
「最低の人間性」の持ち主ということで宜しいでしょうか?

55 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/14 16:06
「最低の陶芸家」→「三流の陶芸家」が正しいでしょう。

56 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/14 21:23
>>54
宜しいです。その通りです。

57 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 00:58
>>54
NO!
魯山人は「最高の美のディレッタント(愛好者)」(これは、
たんに美が好きだったということではなく、大変な目利きで、
美とのつき合いかたがとてもうまかったということだぞ)
であり、
「現代史の中で最も有名で評価の高い料亭の総合プロデュー
サー」であり、
「最高の美食家(大変優れた味覚をもっていて、しかも、
料理方法や食料に関して豊富な知識をもっていて、
好奇心が強かった)」であり、
「美に関しては最高の才能に恵まれた陶芸家」であり、
「三流の技術しかもたない陶芸家」であった。
人間性についてはよくわからない、常人離れしていたことや
多少性格的に問題があったことは確かなようだが、
他の人に陥れられて、根拠のない悪い評判を大量にばらまかれた
ことも確かのようなので。

58 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 02:31
何言ってんだ!何で死んだか知っているんか?

59 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 02:35
魯山人のことを単純に「絵は一流ではない」や「三流の陶芸家」と言ってしまうのは間違いだと思う。
確かに魯山人の絵は、ぱっとみ技術が未熟で素人っぽい下手な絵にみえるかもしれない。
けれども、もっと注意してみると、
例えば、日本画にアクセントをつけるために描かれる鴨やコオロギや魚の絵に関しては魯山人はもの凄くうまい。
実は日本画の大家横山大観よりも魯山人のほうがうまいのである。
ある部分が下手だから全て下手、ある部分がうまいから全てうまい、そういう見方では得られるものが少ないと思うよ。

60 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 02:39
>>58
タニシ食って寄生虫でお亡くなりになりました。

61 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 02:44
>60
やっぱり、食いすぎが原因ですか。
美食もほどほどにしないと、寄生虫にやられますね。

62 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 03:01
>>60
一応田螺の寄生虫が原因と言われることが多いけど
田螺が原因ではないという説もあるね、、
魯山人の場合、プロの料理人としてではなく
あくまで一流のプロの料理人よりおいしい料理をつくれる素人の料理人
最高の美食家として有名だったわけだからさ

63 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 03:33
馬鹿だよ。梅毒だよ。
だから、本読んでる奴は困るんだ。

64 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 04:12
作品には個人の人格が反映されるという
人間性は最低だったと噂される魯山人
でも、嫌味を感じさせる作品や下品な感じのする作品は他の実力作家と比べて少ないね。。。

65 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 04:26
あの人は、全て自分の思い通りじゃないと、気がすまないんだ。
気に入らなかったら、殴るし、追い出したりだよ。

66 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 05:36
亡くなってから40年以上たつのに
ここまで人格批判をされたり人間性を否定されることが多いのはやはりおかしいと思われ。
どう考えても人格や人間性に問題があった「だけ」では現在のこの状態を説明できないでしょう。
高慢だが言ってることは的確だったこの人のことを必死に否定しないとアイデンティティーが崩壊してしまう人がいたってことでしょう。
この人はアイデンティティーを保つためなら異常な言動を平気で繰り返すサヨクみたいな人たちの標的になってしまったんだよ。

67 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 12:10
だから結局、タニシが原因だったの?梅毒なの?
どっちにしても、かっこいい死に方では無いが・・・。

68 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 12:15
>63
じゃあ、君は、本で仕入れた知識じゃないの?
魯山人が梅毒で死ぬ瞬間をその目で見たの?。
それとも噂で聞いたこと?
噂や、人から聞いたことなどは、その方が信憑性がない。

69 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 19:16
民芸派の偽善連中をこき下ろしてくれるんで溜飲が下がるわー。

70 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/15 23:32
>67
淡水魚や淡水系貝類に寄生するジストマが原因だと思われ

71 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/17 00:28
魯山人の書のある陶芸作品はいいものがあるが、それ以外は殆ど駄作だな。

72 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/17 00:41
好き嫌いは別にして、魯山人をどのように評価しているかで
目が利くか利かないか、と、客観的な判断ができる人かできない人か
はわかるね

73 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/17 13:58
>71
私もそう思います。全般に染付、赤絵など、魯山人が筆をいれてるものには
好感がもてます。

あと、たまーに織部でいいなと思うものがあります。逆に、不思議と
志野でいいなと思うものは少ないです。豊蔵が作ったんだからいいはずだ、
って言う人もいますけど、何故だか魯山人の志野には好きになれるものが
少ないです、今のとこ。

74 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/17 19:29
>73
志野は使ってる土がダメダメなので,根本的にダメ
織部はまあ,絵付けの上手さが,素を隠してくれるので,
よいものも多くあると思います。

おっしゃるように赤絵や染付けなどが魯山人の真骨頂だと思う。
特に小さくてかわいい醤油差しみたいなのが一番好き。

75 :aio:02/01/18 17:23
梅原龍三郎の家で赤貝のヒモを喉に詰まらせて死んだ久保田万太郎の方がカッコイイ

76 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/20 01:06
>豊蔵が作ったんだからいいはずだ
というのは確かにおかしいかも。
豊蔵は、技術は一応一流、
芸術家としては悪くはないんだけど、
一流や天才とは言えないだろうからね。
豊蔵の場合、他に突出した存在がいなかったため、
たまたま第一人者でいられて、実際以上に高く評価された
ことは否定できない。
正直、芸術家としてなら、豊蔵より魯山人のほうが遥かに上で
豊蔵がより多くの手を加えた魯山人作より、
魯山人がより多くの手を加えた魯山人作のほうが
面白味があるのは当然のこと。

77 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/20 01:58
>76
芸術家としては魯山人は一流でしょうね。
でも技術が伴わなかった。
要するに、能書きだけは一流と言うこと。
陶芸は作ってなんぼの世界。
目利きや口だけの者ならいくらでもいる。
豊蔵が天才だとは言わないが、作れない魯山人よりまし。


78 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/20 02:26
>>77
ていうか、そんなに論理を飛躍させたら説得力ゼロ〜
技術が伴わなかいから、能書きだけは一流と言われても困るよ。
実際、魯山人が少し手を加えただけで、職人の作ったものが、
優れた芸術作品に生まれ変わる瞬間を目撃した人はたくさんい
るからね。実際に魯山人の仕事ぶりを見ていた豊蔵本人などが、
魯山人の仕事を非常に高く評価したのはそういうことだからで
しょう。
それに、上のほうにも書かれてあるとおりに
魯山人は、平面の皿などは非常に良いものを作っているしね。

79 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/20 11:38
東京芸大の竹内順一氏の言葉・・・・・。

魯山人は技術的に未熟である。決して優秀ではない。
茶碗や壷などの立体的造形に優品はほとんどみられない。
しかし、織部の食器には良い物のがある。
それは、魯山人が立体派ではなく平面派であるからである。
彼は自分の技術の未熟さを知り、職人に多くを作らせた。
しかし、織部の板起こしの作品は自分で作ることが多かった。
なぜなら板起こしは、四角の陶盤に足を付けるだけの単純なものであり、
四隅に変化を持たせるだけで形は完成するからである。
板起こしの技法には、特別な技術は必要なかった。
平面派の魯山人は、平らな器に絵を描くことで、その器に命を入れた。
板起こしの平らな面を書画の半紙と同様に見立てたのだ。
これは、書画においてある程度の才能を持った(一流ではないが)彼だからこそ、
為しえたことである。
その証拠に、魯山人の作品を見ていくと、織部はもとより、字や絵の書かれた皿、
俎板盤、陶板、平鉢などに優品が多いことが分かるだろう。
魯山人は陶芸家ではなく絵付け師と言うべきかもしれない。

以上。


80 :aio:02/01/21 11:33
コピベばか逝けやヴォケ

81 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/21 11:57
>80
コピペがいいとは言いませんが、貴方みたいな方はスレの品位が下がるので逝って下さい。
必要ありません。

82 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/21 22:27
というより、芸大の教授の言葉を書いている人は、マスターベーションもいいところです。
私も何人かの先生とは、付き合いがありますが、理論とやらの根源は、あまりにも
寂しいぐらい何にも根拠がありません。昔の教授の人は、悪いことも平気で出来たが
ただいま、少し元気というか、なんか、意味の薄さをかんじます。
魯山人については、吉田 耕三さんの話は、意外と面白いはずです。
目の前で見ている一人でしたから・

83 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/21 23:00
海原雄山の書いた魯山人の伝記なら読んでみたいなー。
板違いでスマソ。

84 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/21 23:46
>>82
オナニストさん、あなたの文章こそマスターベーションですよ
何人かの先生と、付き合いがあるのかもしれませんが
上の文章を書いた竹内さんとは知り合いじゃないんでしょ
なぜあなたの知り合いの先生と同レベルの人と思うの?
ま、まさか、教授ならみんな一緒じゃん!
とか思ってるんじゃないでしょうね(笑)

85 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/22 00:02
>82
芸大の竹内先生って芸大美術館の館長されてる方ですよね。
それと、文化勲章か人間国宝かどちらか忘れましたけど、
選定委員の中心的なお偉いさんですよね。
少なくとも82さんが非難できるレベルの方では無いと思いますが・・・。
もう一つ言わせて頂くなら、82さんのその文章は何とかならないのですか?
あまりにも稚拙で文法もめちゃくちゃなコメント。
知的レベルがおのずと解ってしまうというものです。失礼しました。

86 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/22 00:08
ちなみに私は竹内先生のことはよく知らないが
魯山人について、おかしなことを言っているとは思わない
確かに魯山人の作品は、職人の手を借りてない
平面の作品のほうが優れているものが多い

ただ、単純に「絵付けをして器に命を入れた」と言い切ってしまうのはおかしいと思う
魯山人の作品には、絵付けをしてない備前の皿などにも大変優れたものがあるから




87 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/22 00:55
>86
魯山人の備前焼の作品で良いものは、まさに板起こしの作品に集中している。
しかも、焼き上がりや景色の良い物は金重陶陽の窯で陶陽が焼成したものが大半だ。
鎌倉へ備前にあった古い窯を移築して焼き上げたものには、
見るべきものはない。一部に良い物があるが、
それは藤原健が修行のために魯山人の元で2年間働いていたときに
作成したものが殆どだ。
鎌倉で焼成した備前は殆どが出来が悪い物であったと言うのは、
魯山人自身が言葉にだして認めていることであり、どうしようも無い物は
金彩や銀彩をあしらい、ごまかして世に出している。

88 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/22 02:12
>84,86
言葉、品格、そんなところだけで、何を基本に生きているんですか。
だから、年功序列とか、なんだか最近の日本的要素の強い人は、心意気
タリンね。
>87
確かに、唯なぜやけが悪かったというと、金重陶陽の土が魯山人の使った
わけで、少し還元に弱い土でした。でもそこまで分かるあなたは、
誰ですか?


89 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/22 03:10
82=88は電波と決定されました。
84,86は言葉や品格のことなんて一言も言ってないやん。
ところで、年功序列の話はどこからでできたんだぁ(w

90 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/22 11:51
>89
「電波」ってよく出てくる言葉ですが、どう言う意味なんですか?


91 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/22 11:53
======2==C==H======================================================

         2ちゃんねるのお勧めな話題と
     ネットでの面白い出来事を配送したいと思ってます。。。

===============================読者数:81300人 発行日:2002/01/15

どもども、ひろゆきですー。
昨日は警察庁からの偽メールに取り乱しちゃいましたですー。
いやあ、今考えるとちょっぴり恥ずかしいですー。
よーく考えてみると、おいらも以前に「ネタ」と称して”閉鎖騒動”なんか起こしてたんですよねー。
その時のコメントはこんな感じでしたあ、、、↓

>そして、今回のオークションネタは、ネタのわかる人たちへの最後の花向けと、
>ネタのわからない人たちを笑う最後の悪趣味な冗談だったわけです。

まったく、おいらってば自分のことは棚に上げて、なにを言ってるんでしょうねぇ、、、
どうもおいらは自分に甘く他人に厳しいというか、自分の言動と他人の言動を相対的にみる能力が著しく欠落しているようなんですー。
ひょっとしたら、こういうところで「人格障害者」なんて言われちゃうんですかねぇ、、、
警察庁にはあんな高飛車で脅迫めいたメールを送りつけてしまったし、恥の上塗りですー。。。

でもみんなは、そういうとこも含めておいらのこと好きなんだよね?
まさかこんなことで愛想尽かしたりしないよね?
これからも応援してちょ!

んじゃ!


92 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/04 19:18
魯山人って、誰に何流のお茶を習ったんですか?あの人って例えば台子の点前とか
出来たんでしょうか?ご存じの方教えて下さい。

93 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/22 20:29
青山二郎とか白州正子とか魯山人のこと
大の苦手としていたらしいね
全然かなわないから。特に青山二郎なんて
魯山人に もうぜんぜんかなわない

94 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/05 21:57
魯山人も白州も好きじゃない

95 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/10 21:04
>>54
あなたのいうとうり、
よくぞ言ってくれました。
かつていじめられた人たちも溜飲が下がったことでしょう。
もう鬼籍に入ってしまったと思われますが・・・
合掌。。。

96 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/10 21:10
書とテン刻は素晴らしいと思うが・・・

97 :sui:02/04/10 21:23
>>96
陶芸にしても書や絵画的要素
(揮毫?・絵付けのされた作品)に佳品が
多いということでしょうか???
では茶碗の評価は?
皆さんどう思いますか。


98 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/11 01:05
>>97
そうですね、染付けや色絵、板起こしの織部俎板皿、
その他箆描きしたものに良い物が多いです。
茶碗は平々凡々で、特にこれと言ったものは見られません。
魯山人は茶陶作家ではないですからね。
魯山人の陶芸は、絵と書、そして料理と言う三点に支えられたものです。

99 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/11 12:05
まさにその通りだ。
魯山人は書の紙を平たい皿に置き換えただけ。
それと美食家だけに食を盛るための器つくりに長けていた食器作家だ。

100 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/11 12:38
>97
魯山人の茶碗はいただけないね。
こと茶碗に関してはこだわりないね。
志野の茶碗なんかも・・・あれは信楽土だね。

101 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 04:23
魯山人って陶芸家としてはおそらく最も有名で人気のある一人なのに
最も異端で他の陶芸家と同列には語りづらい困った人
実は意外と本人も自分のことを陶芸家として優れているとは思っていなかったふしがある
あくまで芸術家として優れていると思っていたようだ
魯山人の作品は陶芸としてみると技術が未熟なものが多くて
芸術作品としてみないと、あまり面白くない
陶芸に関しては伝統のないアメリカより日本のほうが当然深く理解されているが
魯山人の傑作の大部分は戦後アメリカにもちさられてしまった
アメリカ人が魯山人の作品を好んだのは他の実力作家の作品
と比べて芸術作品として優れているものが多かったからであろう
日米の魯山人の作品の写真集を見比べると一目瞭然
あまりの作品の質の差に驚かされる

102 :101:02/04/13 04:33
私も魯山人のことは特別優れてる作家とは思ってなかったけど
やっぱりこの人は豊蔵や陶陽などの当時の作家と比べてもずばぬけてるぞ
昔は魯山人の傑作を手にとって観れただろうから
この人が別格みたく評価されたのは納得できる



103 :陶芸関係者:02/04/13 20:00
魯山人、確かにすばらしいものが多いけど、ほとんど職人サンによって
つくられているものですよ。
今、現存の人間国宝や芸術院会員の人たちのも、職人サンや生地屋サン(わかるかな?)
によるものです。これまじ

名が売れているのは、ほとんどの場合、お金の使い方等によるものですね。

なかなか真実はでないものです。

104 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 21:00
>>103
前からそうじゃないかと思ってた
けどやっぱりそうだったんですね。
横山大観にしても演出法、その他の
よって名が出たと聞いたことある。
横山が自身の贋作を見てこの人は
俺よりうまいよと言ったのは有名
な話。

105 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 01:11
よう知らんのだな・・・

106 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 02:11
ロサン神は中半端な書家で中途半端な陶芸家であったために
相乗効果である程度よい作品を作れた。
普通の作家は陶芸家であっても書家ではないので
絵つきの陶芸作品には良い物がない。
でもやっぱり中途半端。

107 :ウンチクタレ蔵:02/04/15 02:22
 横山大観の、脳みそ見たことある。

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