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美術史家、美術評論家ってどんな人?

1 :自称芸術家:01/12/23 12:41
素朴な疑問です。
あらためて聞いてみたい。
まじめなお答え期待します。
煽りは一切無視、放置でおねがいします。

2 :自称芸術家:01/12/23 12:47
そもそも両者はどう違うんでしょうか?
「美術史家は美術を鑑賞してはいけない」ってどこかに書いてありましたが・・・

3 :私も自称芸術家:01/12/23 13:16
>>1
私も聞いてみたい。あらためて。
でも今現在、この板にそういった立場の人間は、いないに等しいかも。
参考になるかはわからないけど、これ貼っておきます。↓
http://piza2.2ch.net/test/read.cgi/gallery/987915496/
大学で美術史専門にしてる人

私は、両者の違いとゆうよりは、それをライフワークとする人達がどういう人達
なのかが知りたい。

4 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/23 15:19


  KTのような人?(w

5 :1:01/12/23 15:38
>>3
ありがとう、今ざざっと目を通しました。
少し荒れてたみたいだけど、良いスレだと思いました。
参考になりました。

6 :>>4:01/12/23 15:58
彼はそれ以前に、あまり美術作品を観ることのない人のようだから、、、、
やっぱ、地方の中学校の美術教師かな。
学生に嫌われてもなんとも思わないけど、
教頭に嫌われる事には敏感で、
自分を馬鹿にした学生に対して執拗に嫌がらせを繰り返したりして、
周囲がそれを見ながらも係わり合いになりたくないから見ない振りをしていることにも気が付かず、
生徒がその所為で学校にこなくなると、
それみたことかと、気を大きくして本人のいない教室で、他の生徒のまえで偉そうに説教をしてみせたりして、
更に皆に敬遠されるようになって、しまいには離島に赴任させられたりて、、
皆が一安心していると性懲りもなく帰ってきてしまって。
やはり婉曲な表現では分かってくれないと思った教育委員会の人間に、頼むから辞職してくれ、と言われると、
今度はそれを新聞の投書欄に自分があたかも被害者であるかのように書いて投書し、
そのえげつなさに、相手がさじを投げ出して何も言わなくなると、
俺の勝ちだお前は敗北者だ、などとワケのわからないことをほざき、
自分の描いた小汚い絵をなんとか教科書に載せようと画策し、

結局のところ、
自己評価と周囲からの評価のギャップに気が付いているのかいないのか意味不明の気違い教員だな、、、

7 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 00:08

>4、に、すばやく反応するってことは
     KTってやつは、まだここに
     ダニのように、へばりついてるんだね。

     それにしても、中坊 美術教師?なに?それ
     なんたるイメージの貧困さ!(W

8 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 00:18
どんなジャンルでもそうだけど、評論家ってのは
親の銭で食ってる道楽者。
絵の場合は、個展をやる、なんとかしよう人間、を餌にしている。
その評論家が持っているコラムに載せて貰いたいが為に、お車代
を用意して案内状を出すんだよね。
大抵は三回め位にもったいつけて来て、金額によって・・・

9 :自称芸術家:01/12/24 11:28
美術評論家についてこういう事いうと、怒られるかも知れないけど、自分で絵
を描いたことのない、絵心のない、デッサンのひとつもしたことのない人に
「美術評論」ができるのかな?と、つい思ってしまう。
そう言う意味で言うと、先日絵本を出版された、写真評論家の飯沢耕太郎さん
なんかは納得できる気がする。
こんな具合に美術評論家って、実は作家崩れの人が多かったりするんですか?
また、自分は絵を描いたことがないのに、美術評論家になりたいと思う、そう
いう人の動機は何なのでしょうか?

10 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 11:37
予想通りの展開だな>>9

11 :自称現代美術家:01/12/24 17:28
>>9

例えば映画評論家が皆、映画が撮れるでしょうか?
「みずのはるお」は良い映画評論家なのでしょうか?
俺は美術評論家も同じだと思うけど?
作品を作っているやつはそれほど美術の知識がなくても作品は作れます。
美術評論家は知識があるので評論ができます。
それでいいんじゃないの?
でも君が言いたい事もわからなくもないけどね。
君が言ってるのは野球評論家、サッカー評論家のようにもっとつっこんだ評論をする
場合にはやっぱり作品を作れる人の方がいいのかもしれないね。
まあ美術にはそんなつっこんだ評論が必要とされていないのかもしれないね。

12 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 20:40
作家というのはまず「造る」という動機がないと作れないと思う。
すぐれた作家にせよ、すぐれていない作家にせよ、それが最も根本的な
作家の条件でしょ。
あたりまえのことだけど「造る」動機を持っていながら凡庸な知覚
しかもたない人もたくさんいるわけです。
一方で、すぐれた知覚をもっていても「造る」という動機をもたない人もいる。
評論家というのはそういう人たちでしょ。

13 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 20:51
優れた芸術家以外で、美術評論を仕事にしちゃう人は
やっぱりただの変人でしょ

14 ::01/12/24 21:08
>>9
最初の段階で、「美術に興味を持つ」ところまでは同じだよね。
そのあとに「自分でやってみたい」と思えば創作者になる。
でもその時点で、やってみたい欲求より「もっと知りたい」
が勝っちゃった人達が評論家になるのかなぁとも思った。
「やってみたけど手に負えない」からなった人もいるんだろうけど。
私は「もっと知りたい」もあるけど「やってみたい」の方が強いから、
評論家になる人のホントのところはわからないけど・・・。

たしかに、>>11の後半にもあるように技術的なつっこみは体験者の
方が的確かもしれない。また、体験(ある事物から何かを捉えて自分の
中に取り込んで、それをまた外に出してなんらかの表現をすること。)
でしか得られない捉え方っていうのもあるんだろうと思う。
でも、作品は、他の作家や、批評家達のためだけに作っている訳じゃ
ない。そういう職業じゃない人達にむしろ受け取ってもらいたい。
でっもって、受け取る時っていうのは、完成された作品の最終形
であって、そのプロセスなんかじゃない。
作品を作る体験を持たない批評家でも、たくさんの最終形を受け取る
体験から、優れた批評家になる可能性はあるんじゃないかなぁと思う。
(実際にいるとかいないとかは別問題で。)

15 ::01/12/24 21:10
>>8
もちろんただの道楽者の評論家もいるかもしれないけど、
現実にはつくる側にだってたくさん居る。
だから、「批評家=道楽者」は成り立たないよ。

16 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 21:16
原則論は兎も角、
実際に画廊に現れる批評家は、やっぱりクセっぽいような気がするな。
そのレベルも作家以上と主観的には思う。

17 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/24 21:27
美術史家ってのは一種の「不可知論者」だと思う。
ここにもスレッドが立っている,エーゲ海美術やケルト写本に
ついて,果たして制作現場をどこまで知ることができるか,
いや,知る価値が同時代美術と比べてどれだけあるのか。
おのずとアプローチは違ってくるだろうし,タイムマシンが
あったとして,その時代の作家にインタヴューなりしたところで
それが意味ある作業とは思えない。
美術史に様々なディシプリンがあるのは,そういうことでは?

美術批評家にも,現場重視の人と文章重視の人(どちらもあって
いいと思うけど)がいるけど,その文章を受容する側も
色々な態度の人がいるだろうし,どちらか一方がいけないという
のは,あくまでも自分がおかれた立場を中心に考えているから
に過ぎないのでは?

18 :My Computer:01/12/24 22:38
瀧口修造の展覧会が渋谷の松涛美術館にて開催中ですね。
評論家のなかで「造る」動機が芽生える瞬間。を見るような、
興味深い作品群です。

19 :1:01/12/25 08:52
皆さんありがとうございます。
>>11>>12さん、言われてみればその通りですね。
>>17さん
>あくまでも自分がおかれた立場を中心に考えているから
 に過ぎないのでは?
まさにその通りなのですが、それを踏まえていろいろ知りたいのです。

では、改めてお聞きしたいのですが、優れた美術評論家、美術史家ってどういう人なのでしょうか?(もちろん主観的にしか決められない、ということを前提として)

20 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/25 19:31
優れた?
きっちりした文章が書ける人。
批評として読むに足る、文化史として読むに足るもんが書ける人。
審美眼は、二の次、三の次。

21 :1:01/12/25 23:09
>>20
わはは!そうですね。
物書きなんだから、それがアタリマエですよね。
だいぶスッキリしました。

22 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/25 23:13
マジレスして損した。

23 :20:01/12/26 16:15
>>22
まじで書いたつもりなんだけどさ。

そこで切っちゃっていいんじゃないの?
審美眼は、キュレーターとかコレクターとかの方の職分だと思ってるけど。

24 :1=自称芸術家:01/12/27 03:27
>>22は誰なのかな?
>>23さん
>審美眼は、キュレーターとかコレクターとかの方の職分だと思ってるけど。
・・・そうは思わないけど。
審美眼があっても、冷静に言葉に置き換えられなくて、ただ詩のような言葉を
叫んだとしても、何にもならないわけで・・・・と、言う意味であなたの意見
に同意したのです。
同じようにキュレーターも、審美眼はともかく、面白くて為になる企画をして
もらわなくては困るし、コレクターはまずアートを買えるような稼ぎのある人
でなくてはなりません。
そう言ったことを踏まえた上で、審美眼というのはとっても大切だと思うので
すが。
ただぼくは、自分の立場でしかモノが言えないので、それぞれの現場の人は
どうなのでしょうか?

25 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/27 12:07
仮に野球に例えて言うなら「美術評論家は審判的役割」で「美術史家はス
コアラー的役割」なのではないでしょうか?

26 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/27 21:52
美術作家は馬鹿だから評論家になった人知ってるよ。

27 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/28 01:26
>>26
誰ですか?
良かったら詳細キボン

28 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/29 17:29
美術研究板
http://jbbs.shitaraba.com/study/65/bijutsukenkyu.html

29 :1:01/12/29 23:03
ムそう、そう、これ見たら美術史やってる人が、どんなんか何となく分かったよ。

でも、ここにも書き込んで欲しいです。

30 :1:01/12/29 23:11
ムそう、そう、これ見たら美術史やってる人が、どんなんか何となく分かったよ。

でも、ここにも書き込んで欲しいです。

31 :無知な素人:01/12/30 21:33
歴史に興味を持つばかりでなく、一生研究したいと思う人々にとっての、最高の境地、目的ってどんなんでしょう。
キリの無い世界に呑み込まれるように思うんですけど。

32 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/01 20:24
美術史家は制作当時の社会思想や制作動機、製作者の人間性などを絵画の様式等とかみ合わせて整合性を得ようとするもの。
評論家は彼の感性に従って作品に向き合いそれから生まれでた感情を綴った人でその作品に対しての世間の見方をある程度規定してしまうもの。
評論家のほうが当時の社会思想を色濃く体現している。美術評論家を元に美術史家は研究するともいえよう。(かなり乱暴だが)

33 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/02 09:24
>>32
矛盾してない?

34 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/02 23:44
>33
矛盾とは評論家の感性と社会思想との絡みの部分であろうか?
確かにその部分は誤解されやすいと思います(苦笑)
私が言いたいのは人間の感性とは原始以来均質なものではなく生まれでた状況により限定されておりさらには時代と共に変遷しておると言う事です。
但しその感性は社会思想(伝統、慣習など・・・)に規定される部分もあるがきわめて個性的な部分も含むのです。

35 :フクちゃん:02/01/03 00:37
画家は「絵具」などを使って自分の考えを画面に表現できる人で、
美術史家は「絵画」と言う素材を、絵具のように使って自分の考えを
文章にできる人なんじゃないッスかね?
つまり「絵」を見るものではなく、視点を変えて
自分の考えを述べるための「素材」にできる人ですかね?

36 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/03 02:25
いま35がいいこと言った。

そういうことだよね。

37 :1=自称芸術家:02/01/03 02:32
>>35
なかなか言い得てると思います。

しかし、評論家による美術を素材に述べられた「考え」で、オモシロイ
のを見た試しがないのも、正直な気持ちです。(自分が勉強不足な
だけかも知れないけれど)

逆に、芸術家の語る思想には、オモシロイ物もあります。
岡本太郎しかり、赤瀬川原平しかり・・・
そう考えると、美術史家はともかく、美術評論家って何か役に立っ
てるの?と、おもってしまう。
だって、現代の美術評論家のオススメって、奈良さん村上さんなんでショ?
(あ・・またそのハナシになっちゃった・・・)

38 :フクちゃん:02/01/03 17:22
確かに美術史家や評論家の話より、赤瀬川の話しの方が面白いと僕も思います。
特に、日本の美術史家の話は、硬くて眠い。
しかし、赤瀬川や岡本の言葉の表現は「感動詞」しか使われていないのも事実。
感動詞はすごく短い単語で、自分感情を表現する言葉だから、印象に残る。
例えば「芸術は爆発だ!」とか、小泉首相の「感動した!」などは、すごく耳に残る。
でも、これを文章表現にすると、すごく硬くなると思うし、あまり印象に残らないと思う。
画家が絵を描く時も、その絵の中での組み立てがあるから、
美術史家が素材を文章化するときも、文章の組み立てがあるんだろう。
だから、文章が硬い=面白くない、と考えるのは危険だと思う。(読み取れる人は別だよ)
僕は硬い文章を読み取る力を、読み手側も身につけんと始まらんだろう思う。
読み取れる人が「つまらん。」と言ってしまったら、きっとつまらんのだろう。
実際、今の僕には硬い文章を読み取れる力はありません。むずかしいし、眠くなるし、
マンガのほうが心に残るし、でも小説は面白いものもあるかな。

39 :ヒロ:02/01/03 19:53
芸術は生き物みたいなモノです。
変化するし成長するモノもある、そして短命なモノもあります。
美術史家、美術評論家は成長をサポートしたり
眠っている作品を甦らせたりします。
良い時代なら芸術は驚くほど成長します。
でも芸術はおとなしい、どのようにでも扱えます。
本来は芸術品に語らせるのが良いと思いますが、
美術史家や美術評論家の言葉で理解すます。
そして芸術品を見ることや理解することは、
一つの作品を創ることでしょう。
見ることや理解することは、
芸術品を創るのと同じぐらい難しいと思います。

40 :まい:02/01/04 02:09
>38
私もムズイ文章わかんない。別に読みたくないし。
>39
言っている事は分るけど、そんな綺麗ごとを述べる評論家はいなさそう。
あと、芸術作品を本当に理解できるのは、創った人だけじゃないかしら?
それ以外の人は自分の解釈するだけだと思うの。

41 :ヒロ:02/01/04 02:17
>40
自分の解釈でもいいと思います。
自分より作者の現したいことを分かるのも大切です。
でも、自分が入るから見えなくなると思ってます。

42 :1:02/01/04 09:21
>>38
ぼくも基本的には難しい文章を読むのは苦手ですが、現代思想や哲学には興味があるので、入門書ぐらいは読みます。
ナゼそんな本を読むか、というとそれは「面白い」からに他なりません。
芸術にしろ、思想にしろ、評論にしろ、マンガにしろ、要は面白い(広い意味で)かどうかなのだと思います。
そう言った意味で、美術評論家の文章に面白いのが見あたらない、と言っているのです。
ちなみに、岡本太郎「今日の芸術」(光文社)、赤瀬川原平「芸術原論」(岩波書店)は、単なる感動詞を超えて、思想になっていて面白かったです。
美術史だったら、例えば、高階秀爾「20世紀美術」(ちくま文庫)は、美術史を「オブジェ」と「イマージュ」という概念で説明していましたが、これはたいそう分かりやすく、面白いと思いました。

43 :1:02/01/04 09:58
>>40
>芸術作品を本当に理解できるのは、創った人だけじゃないかしら?

ぼくの経験からすると、そうとは言い切れません。
ぼくは美大に通ってましたが、ぼくより才能があるにもかかわらず、自分の才能の素晴らしさに気付かず、芸術家の道に進まなかった人が、何人もいました。(ある意味正しい選択なのだけど・・・)
つまり、作品をどう解釈するかは人それぞれと言えますが、例え作者であってもそんな観客の一人に過ぎない、と言うのがぼくの結論です。

44 :フクちゃん:02/01/04 10:48
いっぱい書き込みがあってびっくり。楽しく拝見させていただきます。
個人的に39でヒロさんが言った、眠っている作品甦らせるっていうフレーズが好きです。

42の1さんの意見はもっともです。
しかし、角度を変えて、美術史は一つの学問と割り切ってしまう
のはどうでしょうか?美術史の中に、描きて側の創作のヒントや共感を
求めるのではなく、純粋に学問として楽しんでしまうということです。
(まあ、たしかにそれでも面白くないのはありますが、、)
描き手側から見るのならば、やはり芸術家の話の方が共感できる分、
数倍面白いですし、描かない人からみれば、絵についての説明
(キリスト教や神話のエピソード、現代美術のオブジェ解説など)
が入っている美術史の方が面白いのかもしれません。
ちなみに僕のおすすめは、コラボアートvol.4です。
この雑誌は、現代作家の問いに子供が答えているやつで、なかなか
楽しいし、うなずけます。

45 :ヒロ:02/01/04 12:02
絵や芸術品は目で見ますが、目に見えるモノも脳で創った再生品です。
それに、目では思考できないし言語でしか考えれないことです。

46 :まい:02/01/04 14:08
>41、43
画家が人に話す時って大半がカッコつけて話すから、ある意味
他人が理解するのもありかもね。
>44
ちょっと痛いとこつかれたって感じ
私も美大生だけど、浪人時代に絵が描けなくって苦しくって
画集や美術史、つまり手当りしだい助けを求めた経験がある。
常に自分の絵にとって、プラスになることだけしか必要としてたし、
絵を描く側中心でしか物事を考えなかったかもしれない。
だって、美術史は馬鹿みたいに当たり前の事しか言ってなかった
し、絵を描いた事ない人が偉そうにしているのが嫌いだったから。
けど、そう言う見方もありかなと思ったよ。

47 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/05 02:34
これはピカソの対話ですが彼が画商らと話をしていて新作について同席者がある印象を語ったときです。
ピカソはこういったそうです。「面白い、なるほどね、そういったみかたもあるね。」
私が思うに現代思想が古典テクスト論から脱却したように芸術に於いても制作者の生み出したものとそれを受け取るものの理解のずれに重点がおかれているのだから、
評論家が無駄だとはまったくいえはしない。むしろ近代以前の画家が依っていたパトロン(金銭的と共に主題の保護者)の主題の保護者を評論家が負っているのである。

48 :1:02/01/05 11:05
美術史家のことは、わかった気がします。(美術研究版というサンプルもあるし)
で、問題は美術評論家ですね。
>>47他が指摘するとおり、美術評論家が世の中に役に立つことは、理屈の上では成り立ちます。
しかし美術評論家の文章で、ホントに「面白い」と思えるようなモノを、見たことがないのも事実です。
どうもぼくが見たところ、二流、三流の現代思想家が、思想の分野に疎い美術関係者を相手に、テキトーな言葉を並べているに過ぎないような、気がします。
しかも彼らはまともな審美眼を備えていないから、始末に負えません。

49 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/05 14:20
>48
「面白」くなければならないと言うところに問題ありだと思います。
評論家は理解のズレを理解して主題の保護者たるのだから別にあなたが「面白」くないのなら
あなたが評論家たるべきでは?彼は彼の理解を述べているのです何の拘束力もない。(芸術においては有ってはならない)
確かに「審美眼」のない評論家がいるとしても「審美眼」がないとはあなたにはいえるのですか?
近現代芸術においては作品に対する受け取り方のズレがあくまで問題なのです。
評論家はそのズレを表現し、主題の保護者たっているのである。
審美眼についてももうちょっとつっこんで考えてほしい。

50 :フクちゃん:02/01/05 19:22
うーん。評論家ってどう言うひとでしょうか?
僕もよく分かりません。
しかし僕は、何かを論する人の話には「面白さ」が必要だと思います。
発言している人の「考え」の中に楽しさがないと
誰もその人の「考え」にはついていかないからです。
例えそれが、画家に対する皮肉だったとしても、「面白い」事を
言える人には魅力を感じますね。

51 :まい:02/01/05 19:56
印象派の名前の由来は、美術評論家だったか新聞記者が言った
皮肉からきたっていうよね。

52 :フクちゃん:02/01/05 20:16
そうみたいですね。

素朴な疑問なんですが、まいさんや1さんは、苦しく悩んだ時期に
創った作品を、一般の人(絵をまったく描かない人等)見せて
どう思うか感想を求めた事ってありますか?
例えば、親や兄弟、美大以外の友達など。

53 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/05 23:53
>50
あなたはホントに芸術がわかっていますか?
「面白い」というのはあなたの主観でしょう?そのあなたの主観は全ての人にはあてはまらないのです。
当てはまってしまえば絶対的な主観=固定観念を植え付けた事になるのです。
面白さには百人いたら百通りのそれがあるのです。だからこそ近代芸術がなりたつわけです。

54 :1:02/01/06 00:13
>>49
「面白い」という表現は語弊があったかな?
ぼくはこの言葉を広い意味で使ったつもりなので、あなたの言うように「評論家はそのズレを表現し、主題の保護者たっているのである。 」のであれば、それでいいと思うのです。
「審美眼」については水掛け論になりそうなので、ひとまず置いておきます。
それより、皆さんがオススメの美術評論家を、知りたいです。
それを参考に、ちょっと勉強してみたいです。

>>51
印象派の名前の由来は新聞記事です。
当時はサロンの審査員はいたけど、現代的な意味での美術評論家は、存在しなかったと思います。

>>52
芸術は本来的にエンターテインメントではないので、創作に苦しむときは孤独です。
何より自分の作品で、自分の審美眼を満足させることが先決なのです。(この場合、シロートの意見は最も参考にならない・・)
しかし、ひとたび満足のいく作品が出来上がると、それは出来るだけ多くの一般の人に見せたいと思っています。
ま、あくまでぼくの場合ですが。

55 :1:02/01/06 00:40
>>53
あなたの言っていることは、>>50に反論してるようで、微妙にずれているように思えますが・・?

56 :フクちゃん:02/01/06 00:55
1さんありがとうございました。

53さん、なるほど僕は、確かに「面白い」の中に主観が入ってますね。

これはちょっとした体験談なんですが、僕には13離れた兄がいます。
彼が美大を受験する時、5歳の僕にいつも絵を見せるんです。
そして「お前これ見てどう思う」と僕に聞くんですが、
僕は一つも分からなかったので「恐い」といったんです。
兄は「おまえはそうみるんだな」と言いました。
僕が理解できる範囲の美術評論家とは、画家とは違った感性で
画家(作品等)と意見の交換できる人なのかなと思ってます。
美術史家との違いは、裏ずけする資料などあってもなくてもよく、
自由に思った事を言えるという点でしょうかね?

57 :まい:02/01/06 01:33
>53
あなたの面白いは幅がせますぎるよ。人の感覚って似てるし、1人が面白いな
って思うと、たいがいの人も面白いって思うよ。綺麗な物があったら、誰だって
綺麗と思うでしょ?
>52
1と同じ。でも個展開いた時に、いろんな人に書いてもらった感想はすごく新鮮だったよ。

58 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/06 01:41
>54シロートの意見は最も参考にならない
ってアンタ、それじゃあアンタ絵はのオナニー絵画だ!
視野狭めーよ!

59 :まい:02/01/06 01:55
>58
違うよ。それだけ集中して作品つっくてるてことでしょ!

60 :フクちゃん:02/01/06 02:41
僕はまいさんの言う「面白い」という意味もありかなと思いますが、
僕が思う「面白い」は、良くも悪くも目を引く作品や物、その他
数多くある出来事の中で記憶に残る事ですかね。
そういう意味では53さんの言った道り主観が入ってますが、
しかし、芸術は「自分が感じること」から始まるのではないでしょうか?

61 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/06 07:40
http://www.dorobune.com/kimagure/jihanki222.htm
    

62 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/06 13:47
>57
面白いの意味が狭いと言われてちょっとカチンときましたね。
私はそのような漠然とした意味で使ってほしくなかっただけです。
たいがいの人が面白いと思ったのではなく偶然共感できただけではあるまいか?
誰でもきれいと思えるという思い上がった考えは止めて頂きたい。
ルネッサンス以前の理性の美ならともかく近代の美は誰でも美しいと思えてはならないのでは?
そうなってしまえば近現代芸術は根本から覆ってしまう。
私は絵筆を棄てた人間なので現場の人には偉そうには言えないけれども、現在は美術史のほうをやっていますが。

63 :まい:02/01/06 14:51
あんまりいうと言葉遊びみたいになっちゃって、分からなくなりそう。
私は、60に同意かな。62はちょっと理屈っぽい気がする。
漠然と作品のことを分かったフリをして面白いという人もいるけど、
現代美術だろうが古典だろうが、見てる人と作品の間には一種の共有空間
感性の世界が成り立つと思うの。どんな時代の作品であっても、
目が滑るような作品は面白くない。だって面白い作品には皆よってくるもの。
62の漠然とした意味でつかってほしくない。と言う事は分かるけど
あなたのとらえかたは少し硬い気がする。
あんまりこういう言い方好きじゃないんですが、
本当に芸術がわかってないのはあなたの方なんじゃないの?

64 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/06 15:59
>63現代美術だろうが古典だろうが、見てる人と作品の間には一種の共有空間
感性の世界が成り立つと思うの。どんな時代の作品であっても
はっきり言ってルネッサンス以前においては感性ということはまったく考えられていない。
ある美そのものと言うものが有りそれに限りなく近づいているものが美しいものであったのです。
理性と言う美そのものを感じられるものを通していわば幻影としての美術であったのです。
感性の表現と言う洪水にはどこかで受けて側に強固なタガが必要です。
制作者のほうにも個性だ感性だと勝手気ままに制作している方がいるではありませんか?

65 :とうりすがりの美術史家:02/01/06 18:53
>64:ある美そのものと言うものが有りそれに限りなく近ずいているものが美しいものであったのです。
それは違いますよ。ルネサンス以前の中世ーMedioevoは、
神のためだけに絵画が存在していたのです。
人は絵画を通じて神と会話し、祈りを捧げました。
美は神だけの特権であり、人は自分の考えを持つことを禁じられました。
人が神以外のものに、感情をむけ感じることは大罪であったからです。
人が唯一美を感じれるものは、神であり、神が絵描かれた絵画でもあったのです。
しかし、ルネサンスーRinasscimento以降、人は絵画そのものに、美を感じ、
自由に見ることができるようになったのです。

66 ::02/01/06 20:31
なるほど、、

ルネサンスと中世の差異という話しはよくききますね。
近世と近代の差異という話しは私のような門外漢はあまり耳にしません。
しかしながらそんなものには全く存在の余地はないといったものでもないのだろうとも思えます。

余談になりますが、昨年の夏頃でしょうか、
西洋美術館で催されていた展覧会、
フィレンツエやらベネティアやらの巨匠と呼ばれる人の作品からマニエリズムと呼ばれる人達の作品まで色々な作品を見ることが出来ましたが、
何故か私はあの会場内では心が落ち着くことはできませんでした。

小さな板に描かれた宗教画はたしかに綺麗ではありましたし。
あるいは体をひねくり回した人物は奇妙でしたし知的な好奇心の対象にもなるものなのでしょう。
しかしながら絵の中に自分の居場所を見つけられないといった感は常につきまとうものでありました。

企画展示室を抜け常設展示室にはいりルーベンスの二人の子供の頭部を描いた絵をみて妙な安心感を感じたことを覚えています。
二人の子供というモチーフを扱った絵自体は企画展示室にも複数展示されていましたが、、
勿論、時代が下るほど感情移入が可能になるといったはなしでもないのですが、、

>しかし、ルネサンスーRinasscimento以降、人は絵画そのものに、美を感じ、
>自由に見ることができるようになったのです。

これは知的な次元にてそのように考えられるといった話しなのでしょうか
それとも美術史家という人達はルネサンスの絵に当たり前のように感情移入可能なのでしょうか?

67 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/06 21:16
>65
美そのもの(美の体現者)=神と言う意図で書いたつもりです・・・なにぶん美術鑑賞版なもんで。神学的論考は厄介かと
>しかし、ルネサンスーRinasscimento以降、人は絵画そのものに、美を感じ、
>自由に見ることができるようになったのです。
ルネッサンスにも段階があり一概にはいえんでしょう。ルネッサンス絵画においてもまだまが中世的様式を色濃く残しているものも有ります。
ネオ・プラトニズムの思想とキリスト教神学の混ざり合った神のための美術がまだまだ見受けられます。

68 :1:02/01/07 00:00
ぼくは最近、中世美術が大好きで、見ると感動して心が洗われる思いです。
でもぼくはクリスチャンでも何でもなく、あくまで「現代芸術を見るように」見ています。
ルネッサンス以降、西洋美術は言ってみれば遠近法にとらわれていたわけで、そこからの解放が「現代芸術」という運動なんですね。
つまり、(盛期)ルネッサンス〜新古典主義あたりまでが「古い絵」、セザンヌやピカソみたいにパースの狂った絵が「新しい芸術」という認識です。
で、そう思って中世美術を見てみると、何とパースが狂っていているではありませんか!
さらに例えばジョットの絵を見ると、天使がジェット機みたいに噴煙を出して飛んでいる?!・・・まるでシュールレアリスムのようです。
しかも、20世紀の芸術家と違ってワザとパースを狂わせたり、ワザと変な主題を描こうとしてないだけに、何というか「本気」の迫力が感じられるのです。
歴史的美術作品は、その当時の人の視点の他に、時代を経るに従って、それぞれの時代の人々に異なった視点で見られることになるのです。
だいたいにおいて、厳密に言うと「芸術」という概念が生まれたのは印象は以降ですので、それ以前の絵画などを芸術としてみること自体、現代的なんですね。
そのへんが、ごっちゃにならないようにと思いまして・・・

69 :また来た美術史家:02/01/07 00:29
>66 私はあの会場では心が落ち着くととができませんでした。
そのとうりでしょう。

Rinascimentoは伊語で、文芸復興・再生・復活等の意味があります。
(先程は打ちミスありました。失礼しました。)
ルネサンスとは、人間性が復活した時代ということです。
しかし、時代も終わりに近ずくと、人々の心の中に
神に見捨てられたのではないか、という不安が生まれました。
いつしか、その不安は画家たちの心の中にも芽生えていったのです。
本来絵画は神の為に有るものだったのに、神の教えに背いてまで
自分たち人間が絵を描いていいのだろうか、創造するということは
神のみがなしえる事ではなかったのだろうか?と創作する事に矛盾を生んでいったのです。
神の姿を描きながら、その矛盾に苦悩するマニエリスムの画家の絵
に安心感などないのです。奇妙と感じるのは当たり前なのです。

>67神のための美術がまだまだ見受けられます。
先程は簡潔に書き過ぎました。すみません。
常に神と背中を合わせて生きていた人々が、
突然神との決別などできるわけがないのです。
よって、絵画には多くの様式がありますが、それらはRinascimentoという
伊語の意味から大きく外れてしまうのも事実です。

70 :まい:02/01/07 00:46
不安は絵画の上にも現われたということですね?
>64
69の話を読むと昔の画家にも感情はあったと思う。
主題や考え方が変わっていっただけで、画家の個性や感情は作品にでてしまうと思うんです。
それがなかったら芸術ではないと思うし、嘘だと思う。
画家の考え、つまり勝手気ままに制作しているのはいけない事なのですか?

71 :フクちゃん:02/01/07 01:04
世紀末美術の絵の中にも不安はみられますね。

1さんが言った中世絵画は20世紀の画家と違ってワザと〜本気の迫力が感じられる
っていうのは、そのとうりだと思います。

72 :このスレ好き人:02/01/07 01:32
>美=神
パッと見て面白いもの美しいものを作れる人が一番イイ。
けどそれが作れる人は天才。それができないから皆苦労しとる訳ですなー。
つまり総括するとそうなるわけでしょうか。
>all
このスレが活気ずく事を願いage。

73 :1:02/01/07 01:55
>>70
>画家の考え、つまり勝手気ままに制作しているのはいけない事なのですか?
もちろん、それでいいんですよ。
でもそれは現代だからそうなのであって、時代が違うと全く当てはまりません。
>昔の画家にも感情はあったと思う。
その感情は現代人のそれとは全く違うわけで、それを知ることは面白いし、自分の創作にも役立つと思います。
ちなみに中世だったら「自分の中に歴史を読む」阿部謹也著/筑摩書房刊がオススメの入門書です。

>>72
大勢の人が見て面白いもの美しいものが一番イイとは限らない・・・
それが現代芸術の宿命なんですね。
つまり天才は孤独、天才を目指す人も孤独なんだと思います。

74 :私も好きです。:02/01/07 02:08
いつの時代の絵描きもなやんでいるのですね。

75 :まい:02/01/07 02:19
1さんありがとうございます。
今まで私は、自分のこと意外あまり気にしていなかったと思います。
でも、自分の内側だけではなく、もう少し外側にも視野を広げたいな
と思います。本読んでみたいです。

76 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/07 09:52
>73
阿部謹也はやめたほうが・・・歴史家の観点から言って、もっとも中世らしからぬ時代と地域を中世の核のように書いてます、彼は

77 :1:02/01/07 12:08
>>76
あれ?水を差されちゃったよ。
この場合あなた自身がオススメの「入門書」を示すのが道理では?
少なくとも、現代人と中世人との気分の違いにつて、また中世と現代のつながりについて、非常に簡潔に分かりやすく書かれていたと思いますが。
そう言う意味でさらに簡潔なのが「ぼくたちの洗脳社会」岡田斗司夫著/朝日文庫、ですね。
ヘンな本ですが、歴史の入門書としてはすばらしいと思います。
出来事の羅列ではなく「時代が変わると人々の考えも大きく変わる、昔の人は現代人が思いもよらないような気分で生きていた」と言う大事なことが、よくまとめられています。
どんな分野であれ、ぼくは優秀な入門書を探しています。
しかしそれに出会うのはなかなか難しいことなんですね。

78 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/07 14:42
>77
確かに「入門書」を示すべきでしたね。
確かに阿部さんの著作は整然としているかもしれませんが、それは彼がそうしているからということに
留意してくださいという意図でした。彼の都合のいいように構成しているということです。
まぁ、高階秀爾さんの『フィレンツェ』『ルネッサンス』なんかは中世と近世美術の過渡期のことが思想面から描かれているのでお薦めです。

79 :絵画はつらいよ男はつらいよ:02/01/08 00:16
いろんな本あるけどコラボアート読んでいる人がいたので驚いた!
アンタ通ですな!

80 :まい:02/01/08 00:35
どれも読んだ事無い本ばかりです!
少しずつでもいいから、たくさんの本を読んでいきたいです。
初めはこの2冊ー「ぼくたちの洗脳社会」と「フィレンツェ」
から始めてみようと思います。
コラボアートも読んでみたいのですが、雑誌なんでしょうか?
聞いた事無いです。本屋に売っていますか?

81 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/08 22:39
どこに書けば良いか判らんのでここに書かせてもらう。
学習院の千野香織が亡くなった。全く意見は異なるが
まじめなジェンダー研究者に黙祷。

82 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/08 22:45
>>69
あんたは本当に美術史家か?
なんか内容から判断して、かなり怪しいぞ。

83 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/08 22:54
>>81
千野香織、まだ若かったね(49歳)。
NHK学園の通信講座「仏教美術への招待」。
吉田典代の書いたテキストを監修していたな。

84 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/08 23:38
>>82
確かに。

>とうりすがりの美術史家
>人が唯一美を感じれるものは
>神が絵描かれた絵画

>そのとうりでしょう。
>時代も終わりに近ずくと

教養程度を疑う。

85 :またまた来た美術史家:02/01/09 00:27
82>
84>
私は日本で美術史を勉強したことがないので、日本で言われている美術史は
分かりません。(そもそも半分は日本人ではないので)
イタリアでは「神学と美術の関係」について勉強しています。
日本人の捕らえる美術史は絵画そのものにしか目がいかないのが残念です。
視野を大きく見ないと物事の本質を理解できませんよ。

86 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/09 00:34
>>85
日本では美学はあまり研究されないからね。

87 :フクちゃん:02/01/09 01:32
こんばんは。  千野香織先生の御冥福をお祈り致します。

まいさんが言っているコラボアートのことですが、僕は全部を
読んでいるわけではないので、今もまだ出ているかは分からないです。
僕が持っていいるのは1995年にseson museum of artから
出た4号です。特集は`子供が答える現代美術の大問題´という
もので、(僕にとっては自分の子供の頃を思い出す一冊です。笑)
横尾忠則や岡崎乾二郎他が子供たちに質問をしています。

子供が大人に質問するのではない。反対に現代美術を取り巻く人々
に、子供に対して、現代美術にかかわるであろうあらゆる問題、疑問
をできる限り率直に語りかけてもらうということがひとつの重要な
ポイントであった。もうひとつ重要なのは、それはあくまでも質問者
にも答えのでない「問い」であり、質問者がその答えをあえて導き
出さないと言う事である。子供に語りかけるということは一つの
非常に有効な装置ではないだろうか。それは美術史を紐解くことも、
諸言説を引用することも無効にしてしまい、その結果それらの問題
の非常に本質的な部分を浮き彫りにすることを可能にするのではないか。
   コラボアート4号より。    

88 :1:02/01/09 01:37
「美学」って何なんでしょうかね?
情けないけど、これについて全く知識がありません。

89 :素人の気持ち、、。:02/01/09 02:16
82>
84>
教養程度をうたがうって、あんた達ちょっと大人気ないよ。
別に一つの捕らえ方に縛られなくってもいいんじゃない?
私には85の言った美術史は新鮮で面白かったし説得力もあった。
下げずんで軽蔑して終わりなんて誰でもできるのではないかしら?
だったらあんた達も自分の意見で対抗すればいいのに。

90 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/09 02:24
>>88
誤解を恐れずに言えば、美を享受する人間の感性、思考回路を追求する学問。

91 :1:02/01/09 02:41
>>90
>美を享受する人間の感性、思考回路を追求する学問。

と、言うことであれば、ぼくは例えば岡本太郎の「今日の芸術」を読んで納得してるクチですが(もちろんそれだけじゃないけど)「美学」的に見てこの本に不満な点はありますか?

92 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/09 13:15
>>91
岡本さんはどういうこと言ってるの?

93 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/09 21:12
最近の写真評論家には辟易する。
なんかえらぶってる人が多い。
評論家はいいと思う作家を世に出すのであって、
作家の下にあるってことを忘れてるような気がする。
要するに謙遜する心がないように思うのだが・・・
どうでしょうか。

94 :まい:02/01/09 22:20
フクちゃんさんありがとうございました。それって西武美術館でやってた「見る事のアレゴリー展」
の時に売ってた雑誌ですよね?
あの時私はお金がなくて買えなかったやつかもしれないです。

95 :82、84じゃないけど、:02/01/09 22:25
>>85
「美術史家」というのは、どの程度なの?
大学で専攻したという程度なのか、研究職にあって、専門にしているのか。
この板では「大学講師」だとか、「美学で食ってる」とか、
とにかく先に肩書きをみせておいて、自分の書き込みに信憑性を持たせようとする人が
少なからずいるから、「美術史家」と先に名乗るのは、あまり良くないよ。

96 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/09 23:46
巨額詐欺の疑いのある、グローバリーについて

掲示板を拝見されてるの皆様、新年あけましておめでとうございます。
掲示板の趣旨とは直接関係ない話で申し訳ないのですが、この世の中では許せない事があります。

http://www.max.hi-ho.ne.jp/sakimono/index.htm

この会社はありもしない儲け話をでっち上げ、巧みに客の財産を聞き出し、全財産を巻き上げます。

2002年になりましたが、一向に改善する気配すらなく、悪質化は進む一方です。
この会社の営業は世間の皆様の迷惑になっています。

それだけではなく、殺人事件なども実際に発生し、新聞ザタになっています。

みなさんもこちらの掲示板に投稿し、悪徳会社に騙される不幸な人が増えないようご協力お願いしま
す。


http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=q&board=8745

また、この書き込みを見て賛同頂ける方はこの内容をコピーしていろんな掲示板に書き込みをお願いします。

97 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 00:46
>>93
写真評論家って誰?
そう何人もいないよ。
偉そうな人?・・・・思い付かない。
飯沢も偉そうではないし、倉石は極端に縮こまってるし・・・
誰?

98 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 01:05
>>81
>学習院の千野香織が亡くなった。全く意見は異なるが
>まじめなジェンダー研究者に黙祷。

自分と意見が異なる人であろうと、これが故人に対するまっとうな人の哀悼の
意の表し方だろう。ところが、この板で最も有名だった某氏によると

http://jbbs.shitaraba.com/study/bbs/read.cgi?BBS=65&KEY=1009353769&START=16&END=16&NOFIRST=TRUE

いまさらこの人のことをとやかく言いたくないが、リンク先のこういう書き込
みを見ると、やっぱりこの人の人間性を疑わざるを得ない。

自称、愚鈍でないセンスをお持ちの氏のことだから、さぞかし立派な最高学府
の教授職につけるんでしょうな。

99 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 01:14
>>98
僕はそのことについて件のBBSで糾弾しました。98氏とは別人です。
あそこは人の揚げ足を取るのではなく、真摯な態度で美術について
語り合う場だと思って幾度か書き込んでいたのですが、あのような人と
席を同じくして語りたくはない。たとえ偉大な研究者であろうとも。
憤りを通り越して悲しくなりましたよ。ほんとに・・・。

100 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 01:50
よーし、俺も黙祷しちゃうぞとか見てらんない。

つーか、人の死を過大にみる価値観を他人に押し付けるのはやめれ。

101 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 01:56
別に押し付けているつもりはないが・・・
それに便乗する輩の無神経さに腹が立っただけの話。

102 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 02:01
わかっているならよいが。
「糾弾」と言う言葉が適切でない事もわかりますよね。

103 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 02:12
感情的になっているのは、自覚しています。確かに不適切ではありますね。
ただ、僕自身はシンポジウムやらで何度か顔を見ていた人物だったので、
思い入れはないにしても、それなりにがんばっている人物ではあると思っていたのですよ。
まだお若いですしね。これから先のことも分かりませんし。
スレ違いですので、この辺で逝きます。

104 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 02:19
千野がへぼいのは自明だったがな

105 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 03:10
>>97
えー?会ったとき、十分彼は偉そうだったよー。
わしの友達はキレてたし。
あと、某美術館のキュレーターとか。
頑張りすぎてて、偉そうになっちゃうんだよね、多分。

106 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 07:02
>>104
へぼいというより、色々手広くやりすぎて収拾がつかなく
なっていたような。あと、若桑みどり批判でも打ち上げ
れば後世に名前を残せたはずだけどね。

去年の美術史学会のシンポジウム「歴史教科書においての
美術の語られ方」での発言は結構面白かったんで文にまとめ
られるのを楽しみにしていたが、ちょいと残念。

107 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 07:39
>あと、若桑みどり批判でも打ち上げれば後世に名前を残せたはずだけどね。
そんなことでは残せません。

108 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 07:58
このスレへぼい

109 :まい:02/01/10 09:50
なんか、「へぼい、へぼくない」「偉そう、偉そうになっただけ」
っていう話ってなんか空しい。

110 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 22:00
>>106
>去年の美術史学会のシンポジウム
上野千鶴子との建設的論争かい。

111 :新着:02/01/10 22:03
http://jbbs.shitaraba.com/study/bbs/read.cgi?BBS=65&KEY=1009353769&START=19&END=20&NOFIRST=TRUE

112 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 22:57
>>111

この人にはつける薬はないね。
あちらに隔離してこの板に平和が訪れたのはいいことだ。

113 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 23:12
>112
あんたも いなくなったら?
この板に天国が訪れるヨ。

114 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 23:14
上野千鶴子って写真家なの?
ジェンダーで騒いでる人とは同人物?違う人物?

115 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 23:24
>>113
言いたいことあるんだったらちゃんと言えよ。姑息なまねはやめようよ。
正々堂々と書き込めよ。自分の意見を書けよ。
おまえのやってることばかげてるよ、ホントに。マジ、ウザイよ。

116 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 23:26
>>115
すべてKTに当てはまることだね(はあと
てか、お・ま・え・だ・よ>>115

117 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 23:32
115は開き直るなよ。

118 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 23:55
張り合いのない板だな。
自分が正しいと思うなら、数字でもHNでも付けて、徹底的に論戦しないのか?
名無しのままであーだこーだGSに言っても、
傍から見たらお前の自信のなさが丸見えだぞ。

119 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/10 23:58
徹底的に論戦しようとしても逃げるだけ。
逃げたことを追求しても屁理屈で自己正当化。

120 :118:02/01/11 00:01
>>119
試しにやってみろよ。
まず111の反駁からだな。

121 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 00:15
>118
すご〜〜い、反応だね。GSがでるところをみると
K.T.
まだ、いるのか〜、しつこい男だね〜〜
!ほかに、やることがないのかね〜、この先生!

K.T.さんよー。論戦して勝っても、負けても
お互いの名誉を傷つけ、お互いの恨みが残るだけよ。
そんなに論戦したけりゃ、こんな所でウロウロしてないで
もっとメジャーな媒体でやんなよ。
(もっとも、メジャーな媒体で出来ないから、こんな所で
厨房相手に、長い間ウロウロしてるんだろうけど(藁  )

122 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 00:52

醜い心を持つ人達が、美について必死に語るスレ。

123 :フクちゃん:02/01/11 12:30
まいさんへ
コラボアートは「見る事のアレゴリー展」で買いました。まいさんも行かれたんですね。
あの展覧会どう思いました?僕は結構面白い事してるなと思いましたよ。
岡崎乾二郎の作品なんかは、キャンヴァスの白をうまく残してるなあと感心させられました。
キャンヴァスの白というと、ハイレッドセンターの中西夏行なんかもすごいものがありますね。
えーと、話を見る事のアレゴリーに戻しますと、まずは展覧会の題名が面白いと思うんです。
アレゴリーとは愚意と言う意味ですが、歴史をさかのぼると17〜18世紀の
静物画にも愚意が使われていたそうです。
現在私達は絵画を自由に見て自分の解釈ができますが、それは長い美術の歴史
の中でごく最近のことです。17〜18世紀の静物画に描かれたモティーフには
1つ1つに隠された意味があり、静物の中に「人生のはかなさ」を表現する作品
がありました。
まあ、うんちくはこのくらいにして、「見る事のアレゴリー」つまり
「見る事の愚意」という展覧会だったわけですが、昔は静物の中に愚意が
隠されていたのに、見る行為自体が愚意というわけですから、見る側に
考えさせる展覧会だったなと僕は思いましたよ。
まいさんはどう感じましたか?よければ教えて下さい。
思いました。

124 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/11 16:33
愚意じゃなくて寓意でしょ(笑)
2CH用語?

125 :フクちゃん:02/01/11 16:57
あらら これは失礼しました。124さんありがとうございます。

126 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/12 17:42
>123
アレゴリーは確かに寓意という意味ですが、寓意の歴史はほぼ絵画の誕生以来見られるものです。
それに寓意の最盛期は中世美術だと思いますが。宗教絵画なんかにおいてはまさに寓意に始まって寓意に終わるといってもいいほど画面に描かれたものが何かをシンボライズしています。
まさに寓意のカタマリです。

127 :1=丸山英二:02/01/12 18:48
みなさん!
ものすごくイイ「入門書」を見付けましたよ。
「日本現代美術入門 超少女の時代」大西信之著 新風舎刊 ¥1400+税 です。
これは小説なんですが、現代美術の評論家と、それを取り巻く状況について、
茶化しながら、しかしマジメに解説してくれてます。
ぼくは、かな〜りアタマがスッキリしましたよ。
簡単に、半日ぐらいで読めるのもイイですね。
ただし、これはあくまで大西さんがそう思っているに過ぎない、と言う前提で読むことが大切です。
この点は>>77の指摘の通りです。(原理的にどんな書物にも当てはまりますが・・・)

128 :>>127:02/01/13 21:52
なんかタイトルからして読みたくないよう気になる本みたいだけど、
大丈夫ですか。。

っていうか、現代美術に関しては、無責任な入門書のようなものがありがちという気もするな。
でもって、またあんななのかなと読む前におもってしまうのだけどね。。

129 :128:02/01/13 22:27
>なんかタイトルからして読みたくないよう気になる本みたいだけど、
<なんかタイトルからして読みたくなくなるような気になる本みたいだけど、

130 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/13 22:29
まわりくどい。

131 :1=丸山英二:02/01/16 13:46
>>128
たしかにタイトルはダサイ(笑)。
版元の新風舎は、弱小&イモくさい出版社なので、仕方のないことかも知れません。
しかし内容は良いですよ。

「超少女の時代」とは東京都現代美術館の、架空の企画展のタイトル。
石原と知事の視察を控えた東京都現代美術館は、急遽日本の現代美術界のエース、評論家の透野聡明を呼び寄せたのだった・・・

132 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/17 13:46
・・・やっぱり1は丸山英二さんだったんだ、と一人で納得。

>>127
探してみようかな。

133 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/17 21:30
難癖付けて申し訳ないが、
、、”評論家の透野聡明”、で”超少女”ってネタは古くないかい。
そんなネタで笑えるのは30代以上の現代美術卒業組くらいでしょう、
そんな人達を相手にして入門書を書いてもしょうがないような、
、、弱小出版社はマーケティングという言葉をしらんのかな、
、、なんていってると村上になったような気分になるな。

134 :丸山英二:02/01/18 00:28
>>133
いーえー、「入門書」なんだから多少ネタが古いぐらい、構わないんじゃないのかな?
入門者にとって、概略が分かりやすくまとまっていれば良いんだから。
ベテランの人にも、おもしろいと思いますよ。
>>132
ふつうの本屋じゃ、なかなか置いてないと思いますよ。
青山のナディッフでは平積みだった・・・サスガ!

135 :画鬼:02/01/18 11:56
私は現在「東洋美術史および考古学」という大学のコースに通っています。
歴史科とは別類ですので時代の変遷よりも、基本的には特定の年代の特徴的な美術品を愛で、出土先の情報や、製作時代の背景等に重きをおきます。
鑑定家養成のコースも別枠であるところを鑑みると、鑑定的眼力を養うというより、
「美術品をある時代の表現方法と捉え、それらを通じてその特定の時代背景および人々の生活観を学ぶ」という定義が適しているように思えます。

136 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/18 13:08
やっぱりね。
「茶は習うものではなく行うもの」て誰の言葉。
知らないかな〜。茶を点てて人に振舞えば茶は始まっている。
精進するかしないかの差だよね。

137 :画鬼:02/01/18 13:15
>136さん
仰るとおりですね。どの学問に則してみても、実践と論理は別物ですからねぇ。
たしかに批評家としてならば学歴や派閥は重要視されているようですが。
しかし芸術家がどこの美大を出たか、などはマーケットに出品・販売する時の付加価値でしかないように、
美術史家は学歴よりのその人個人の審美眼に拠る所が多いのでしょう。
「習うより慣れよ」がモットーで多くの美術品に接するようがんばってます!!

138 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/18 14:30
超少女・・・・・・・・・

139 :画鬼:02/01/18 14:52
>>138
仰る意味が分かりません。
美術を語る前にご自分の言動にもう少し気を配って頂きたい。
貴方のように不真面目な言動がいかに卑しいものか自覚なさったらどうですか?
場を汚すような言動は慎まれたい。


140 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/18 15:21
>>139
仰る意味が分かりません。
美術を語る前にご自分の言動にもう少し気を配って頂きたい。
貴方のように不真面目な言動がいかに卑しいものか自覚なさったらどうですか?
場を汚すような言動は慎まれたい。

141 :丸山英二:02/01/20 01:25
>>137画鬼さん
例えばぼくの場合は、曲がりなりにも絵を描くのが得意な子供で、その延長で
作家になったようなものですが、美術史を学ぶようなきっかけとか、動機は何
なのでしょうか?
良かったらお聞かせ下さい。

142 :画鬼:02/01/20 01:33
>>141 丸山さん
私には画才とかいわゆる芸術を生み出す力がありませんでした。しかし美術品を見ること、触れることが大変好きな子供でした。
それには父の古美術商という仕事が幸いしたのかもしれません。
一概にきっかけと呼べる物は思い当たりませんが、自分が日本美術史にのめり込んだ経緯は今でも鮮明に覚えています。
地方美術館の「河鍋暁斎展」を見て浮世絵・日本画に大いに惹かれ、それらについて勉強してみたく思ったのです。

143 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/21 00:22
そらぁ、美術板も廃れるわなぁ・・・。

144 :丸山英二:02/01/21 12:40
>>142
画鬼さん、ありがとうございます。
同じく美術に携わりながら、アプローチの違う人と接する機会がなかったので、参考になりました。


145 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/21 18:35
>>137
>美術史家は学歴よりのその人個人の審美眼に拠る所が多いのでしょう。

う〜ん、まだまだ判ってないなあ。

146 :画鬼:02/01/22 11:17
>>145さん
自分はまだまだ分からない事ばかりです。
何か具体的にご教授くださいましたら幸いです。

147 :?:02/03/29 19:20
?

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