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悪魔のキューピー2巻発売

1 :片腕の小原:02/02/28 23:07
大西政寛のような人々を恐れさせ、かつしびれさせてくれる
ヤクザは、もうおらんがかいのう?
今とは違って、戦後の混乱期はムチャクチャなアウトローが
多かったかも知れんが、ある意味、今のアウトローよりか
よっぽど単純で純粋なだったように思う。

2 :美能幸三:02/03/07 21:53
3巻はいつ発売になるんだろう?
俺も阿賀や広に逝ってみたい・・・

3 :佐々木哲彦:02/03/08 01:24
大西の兄弟のマンガ単行本が出てるのか?

4 :名無番長:02/03/23 19:16
私的には広島の歴史上腕っぷしが強かった喧嘩小僧は竹原慎二より張本勲「広陵定時制→松本商業(現.瀬戸ポン)中退→浪商学園卒→プロ野球)
さしずめ戦後の「はだしのゲン」を地で逝く方ですよ。
おそらく素手ゴロの桁が違います。
 当時日本1のバンカラケンカ学校と言われた「浪商学園」。
野球部は勿論、ボクサー、空手家、日本憲法、相撲と全国トップレベルの学生が集まるスポーツレリート校。
その反面、それ以上に有名だったのが「ヤクザ相手の喧嘩三昧&暴力団より強い予備軍学校」で新聞世間を連日賑わしてました。
 そこで天才野球少年と喧嘩天才小僧の両名を馳せる張本は、広島厨房時代には広陵にも広商にも「野球はうまいが悪すぎる」を理由に受け入れてもらえず
広島を出て浪商に転校したわけですが、その中でも大いに喧嘩と野球を極め、天下の浪商で喧嘩は実力NO1クラス、野球もプロ入りという結果を残してます。
 まあ時代背景が違いすぎるってのもあるが、当時は梅田駅でヤクザに喧嘩を売り、納得いくまでドツキ合いをして、納得いかなければ組事務所まで乗り込み、
「もう一回そいつと勝負させてくれ」親分も「やってこい」ってのがまかり通った時代ですから...
全く何とも凄まじい話だ。
張本はヤクザの道に進んでも有名になってたような気がする。
 当時の浪商は「総番長=大阪総番長」って称号がありました。
その当時は奈良出身の「山本集」が総番長であったが、「張本の喧嘩には負ける」っと言うてます。
事実、張本は広島時代でも数多くの暴力事件をおこしており無敵と言われてました。
大阪でも売られればヤクザ、チンピラ、愚連隊お構いなしに喧嘩をし連戦連勝だったとの事。
自ら喧嘩を売り始めたのは、浪商が出場停止になった時、大荒れして街中で片っ端からヤクザに売って
完膚なきまで叩きのめしていました。
 事実、プロが決まって皆で新大阪駅で壮行式をしている最中、やられたチンピラ軍団が襲撃してきており、
プロになった張本をかばう為、上記「山本集」が張本のために頭を下げ追い返した逸話は有名ですよ。
実はこの二人はお互い野球部で張本はプロ野球へ、山本はヤクザ組長(諏訪一家)から張本の薦めで画家に転進してます。
 



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